幼稚園でヤマハ音楽教室をやっていて、そこでオルガンデビュー。
小学校に入ってからも園長先生の娘(だったと思う)を先生にエレクトーンを習うことに。
結局中学卒業までやってたんだけど、最後の方はホントに嫌だったんだよね。。
ソルフェージュでの聴音ってやつが得意だったらしく、
絶対音感とはいかないまでも相対音感くらいはあるのかな?
今でも曲が聞こえてくると右手で音をなぞってます。
小学生のとき、何かのイベントでアトムのテーマを弾いたのは覚えています。
中学の頃がYMOの全盛で、友達にその当時珍しかったパソコン(の前身くらいの)を
持っている子がいて、シンセも持ってて時々借りて遊んでました。
中学で吹奏楽部に入り、そのときは男子二人しか入部せず、
もう一人の方が若干痩せていた、ていう理由でその子はトランペット、
で、わたしはチューバ。これがひとつの転機ですかね。
文化祭でロッキーのテーマをやったんですが、唯一目立てるテーマの最後の
「バーバー」も音が上手く出ず、ほんとに不毛な時期でした。
(今聞いたらトロンボーンでしたね。。)
顧問の先生は音楽の先生(若い女性)が指揮者もやっていて、
確か途中で交代した覚えが。泣き虫でよく授業でも泣かされてたのを覚えています。
中学の頃はまだ全然クラシック音楽とは出会ってなくて、
同期の奴が当たり前のように「惑星」とかの話をしてても
全く聴いたことがなくて話についていけませんでした。
そして高校ではもうリズム隊は嫌で、でももう口が低音向きになっていたので
トロンボーンに転向。でもやっぱり高音は苦手でした。
ホントはメロディ楽器がやりたかったけど。。
こちらの指揮者はOBの方で元トロンボーン奏者。
なので特にトロンボーンに対しては厳しかったなあ。
ジャズ好きだったらしく、演奏会でも半分くらいがジャズ。
ジャズ用の基礎練習もやっていて、後ろに「ノル」練習とかもやってました。
「サーカスビー」という曲をやったんですが、繰り返しの一回目で二回目のフレーズを
フライングしてしまい、思わぬアドリブ?ソロをしてしまいました。
でも終わった後に顧問の先生に「あそこが一番良かった」と褒められました。。
その後、帽子でラッパ部分をミュートして演奏する際に
スライドを持つ手が離れてスライド部分がスルスルと滑って
ステージ前方まで滑り落ちるハプニングも。
高校の頃にマーラーやブルックナーに出会って衝撃を受けました。
修学旅行の際にラジオで聴いた「ロマンチック」。
まさに「なんじゃこりゃ!」でした。
初めて買ったレコードはカラヤン指揮のレスピーギの「ローマ三部作」。
初めてのCDはリッカルド・ムーティの同三部作でした。
カラヤン最後の日本公演のチケットを高校内の公衆電話で買えなかったのを
思い出しました。
(今調べたら母親の命日とちょうど10年+2日違いでした)
そして大学ではオーケストラのサークルに入ることに。
やっぱり吹奏楽とオケの演奏曲は違うので、必然的に出番も少なくなりました。。
前プロ、中プロ、メインプロと大体3曲構成で演奏会をするんですが、
メインがベートーベンとかだとホントに出番が少ないんですよね。
でも後ろで聴いてるだけでも楽しかったです。
一時期メンバーが二人しかいなくて、急遽先輩に助っ人に入ってもらったことも。
でも突然メンバーが増えて、っていう時期もありました。
この頃はブラームスが好きになりました。そしてベートーベンも。
それまでは金管楽器が目立つ曲がメインでしたが、
弦の魅力が分かりだしたのもこの頃。
そして一大マーラーブームの時期で、バブルの時期でもあって、
バイトで稼いだお金で結構色々コンサートに行ってました。
あるときは忙しくて2万円くらいのチケットをふいにしたことも。
今考えると勿体無かったですが、その頃はホントにバブルでしたねえ。
社会人になってからはもっぱら聴く方のみになってしまいましたねえ。
一時期市民オケ、みたいなのに入ったんですが、一度演奏会をやって
自然脱退してしまいました。練習が少ない、ていうのが理由だったのかな。
本番にしかこないメンバーもいて。。
やっぱり何かやりたいなあ。
でもなかなか続かないし。
最近またコンサートに行きだしましたが、もっと気軽に行きたいですね。
本場のベルリンフィルハーモニー(ホール)やウィーン学友協会とか、
死ぬまでには行っとかないと。
以上、結構長くなっちゃいました。。
次回は(楽曲編)。書けるかな??
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